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MARIAの童謡・唱歌

MARIAがドイツへいたころに長女を出産。彼女は自然と育児に専念し音楽から離れていた。しかし、この子が子守唄のように聞いていた「うた」はマリアのうただった。
この子がいくつのころだろうかMARIAに言った言葉。

「ママ、うたって。からす、うたって」

「からす」というのは、MARIAがよくうたっていた童謡の「七つの子」のことだった。そのとき、MARIAは自分のことを思い出した。「そうだ、私は歌をうたっていたんだ」それから、こどもたちにうたううたも、ますますMARIAのうたになった。

それから数年後、子育てがひと段落し、東京で音楽活動を再開するときに始めたプログラムは「童謡・唱歌」だった。MARIAが10代のころ、老人ホームなどで、リクエストにも応えてうたったことはあるが、ステージでうたうことに抵抗があった。うたとしてなにかが足らないというか、シンプルすぎるのか、、、マリアのうたになりきれなかった。彼女の師、松浦律子の童謡があまりに印象が強く、そこを超えないとうたえないと思い込んでいたのかもしれない。

その童謡をうたい始めたのは、この子の「ママ、うたって」という言葉と、野平龍一の編曲により「うたの風景」がたちあがるような、「音楽の色彩」あふれるMARIAのうたになったからだと思う。当時、童謡、唱歌だけのリサイタルを何度もやった。

友人の出産に贈りたいということでCDも作成した。

あるお客さんに言われた。「これからも、魂の伝道者として歌い続けていってほしい。しかし、童謡、唱歌だけのプログラムというのも。もっと、別のうたも聴きたいです」いつのころからか、MARIAは別のうたも、再びうたうようになり、今のスタイルに行き着いた。今もMARIAと野平にとって童謡・唱歌の仕事は、大切な柱のひとつになっている。

「どこの国にも、文化にも、親から子供に歌い継がれるうたがあります。
おばあちゃまから母へ、母から私、私からこどもたちへ歌い継ぐことができるうたを、大切にしていく日本であってほしいと想います。」

MARIAは語る。MARIAと野平龍一は今も、童謡・唱歌にこだわる。日本人ならばだれもが知っている「ふるさと」をどうぞ。 Zingh 2016/11/20)

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